藤原豊成の屋敷跡

西にずんずん行き、松倉病院*1を過ぎた交差点を北に入ったあたりが藤原豊成の屋敷があったところ。中将姫が住んでたといわれる場所です。このあたりにある高林寺・誕生寺・徳融寺という3つの寺はいずれも中将姫伝説を売りにしてます。

まず訪れた高林寺。私が訪れた日は門がU字ロックでがっしり閉ざされており中には入れませんでした。残念。今日は花まつりで一般人も入れるみたいだし、お昼から中将姫をテーマにしたお説教もあるみたいですよ(と、いまここで今日のイベント告知しても行く人はいないだろうけど)。

次に訪れた誕生時も門が閉まっていて、ちょうど一人の女性観光客が勝手に門を開けて入ろうか逡巡してました。「あなたも中将姫ですか?」「はい中将姫です。」という変な会話を交わしたのち、二人で勝手に庭に入ってみましたが中には誰もいませんでした。(こう書くとロマンチックな出会いっぽいですがお寺の横の空き地で近所の人が酒盛りしてたのでそういうふいんきではなかったです)

徳融字は自由に入れるようになってます。3つの寺の中でもっとも観光客向けです。誰もいない境内に静かに散る桜吹雪に、平城京末期の雰囲気がしのばれます。ここには江戸時代中期の当麻曼荼羅の写しがあるらしいです(見れないけど)。
ところで豊成の屋敷の場所は「死者の書」では三条三坊と書かれてます。しかしここで紹介したお寺の実際の所在地は五条六坊あたりと思います。かなり離れてます。折口信夫が豊成の屋敷跡伝承地を知らなかったことはありえないので、単純に「ちげーよw」とか言いづらいです。なんでだろ?

なお、このあたりは道がとても細く駐車場も少ないので徒歩でまわることを強くお勧めします。

*1:先日バイクで骨折したとき治療を受けた病院です。お世話になりました。